ロケーションをハンティング

 
   全国二百万(勝手に推定)の散歩ファンの皆さま、お元気ですか。今日も初めての道を歩いたり、いつもの道に新しい発見をしたりしておられますか。
 僕はといえば、来年撮りたい映画のために、暇を見つけてはちょこちょこと一人でロケハンをし始めたりしています。ロケハンといっても、地元横浜で撮ろうと思っているので、簡単に言えば、「ちょっと遠出の散歩」です。
 ロケハンていうのは、ロケーション・ハンティングというよくわからない和製英語の略なんですが、しかしこれ、まさにハンティングといいますか、風景という獲物を狩る感じではあるのです。ちなみに英語ではロケーション・スカウティング(location scouting)と言うらしいですね。文字通り場所の捜索ってことですが、タレントをスカウトするなんて言葉もありますから、風景をスカウトするっていう感じも、これはこれでなかなか良い。
 それにしても、実は「なんでもない路地」っていうのはないんだなあとつくづく思います。撮影場所を探す場合、たとえば路地ひとつにしても、路地は無数にあるし、どのぐらいの道幅なのか、住宅街か工場街か、道の両側がブロック塀か万年塀か生け垣なのかでも、まったく路地の雰囲気は変わってしまう。で、「すっごく細くってさ、道端に花の鉢がやたら置いている家があったりしてごちゃごちゃしてて、10mぐらい歩くとすぐに突き当たってやたら入り組んでてさ。そこを歩く主人公を後ろからカメラで追っかけたら面白いんじゃない」なんてイメージをまず作って、それを手がかりに実際に風景を探していくわけですが、散歩していてたまたま良い風景に出会うというのではなく、イメージに合った風景を探すというのが、難しくて面白いところです。こういう時、普段の散歩の量がモノをいったりするのですが、当然限界はあるし、まったく新しい良い風景を見つけたいという欲もあります。
 しかし、闇雲に歩き回っていたら時間がいくらあっても足りないので、ここで地図に手伝ってもらいます。お世話になります。例えば最初は「橋」という漠然としたキーワードだったものが、道幅が広くない鉄橋、交通量も少なく、辺りは工場街っぽい感じ、あるいはどかんとでかい団地が見えてもいい、夕景を狙いたくて、それも橋の延長線上に夕日が落ちていけばベストだから東西に向かって延びていたい……、などと限定されてくれば、ある程度地図上でもいくつかの橋を絞り込めるわけです。周囲の建物の形や名称からで、なんとなくその道の雰囲気まで想像できる。もちろん建物の色や看板の有無までは載ってないから想像と違うことは多々あるけど、アタリをつけることは出来る。これで実際行ってみるのがまた楽しい。予想通りだったりすると興奮しますね。近年はGoogleのストリートビューがあるから、部屋にいながらにしてその場所の360度を見回すことができたりして、本当にすごい時代になったなあと思います。何か面白い遊びにも使えそうな気がします。
 坂道なんかも探すのが難しくて、面白いです。坂道って、「〇〇坂」とでも書いてない限り、地図見ただけじゃなかなかわからないでしょ。それに、肉眼で見るとうわあって思うような坂でも、写真に撮ると全然坂に見えないってことありませんか? そういう、映像に切り取れない風景っていうのが僕は一番好きだったりするのですが、映画を作る場合はそれでは困っちゃうので、画角で切り取った時に面白く見える景色を見つけてみようと頭を切り替えます。これもまた面白いです。丘の頂上みたいに両側が弧を描いた坂道を見つけられれば、奥から歩いて来る人物が頭から現れてだんだん全身が見えてきて面白いですし、その向こうに建物が無くて空に抜けていれば、いかにも登場って感じがして、「おお、なんかこれって映画」って思います。反対に谷になった坂道を、底の方に向かって歩いていく後ろ姿を撮れば、その奥にずっと坂道が見えていて、なんか延々と続く人生って感じがして、これも「おお、なんかこれって映画」って思います。そう考えたら、坂道って、なんかすごく映画的ですね。
 そういえば、ある映画の撮影の時、どうも良い夕焼けが出そうな予感がして、急遽スケジュールを変更して、坂の向こうに夕日が落ちそうな道を一万分の一の地図で探しだし、ロケバスを走らせたことがあります。現場に着いたのが夕日の落ちる二十分前。ぎりぎりのタイミングで、真っ赤な夕焼けの中に主人公が犬と遊んでいるシルエットが撮れた時には皆で拍手でした。あれはまさにハンティングって感じだったなあ。
 

(2018年7月)