なるべく死なないように

 俳優たちとのワークショップが終わって、お手伝いをしてくれているキハルちゃんとお喋りをしながら駅に向かっている帰り道、ふとキハルちゃんが、「利重さんて、ちゃんと信号を守るんですね」と言った。
 ん?と見ると、確かに、目の前の道にはまったく車の姿は無いにもかかわらず、僕たちは律儀に歩行者用の赤信号を守って横断歩道の前に突っ立っているのだった。
「私が知っているかぎり、いつもですよ。利重さんは、どんなに話に夢中になってても、信号では自然に止まってます」とキハルちゃん。
「いや、話に夢中になっているときこそ、信号では止まらなくちゃいかんのだよ、キハルちゃん」
「いや、まあ、そうですけど。でも、たとえば信号の手前で青がチカチカし始めた時も、利重さんは必ず、急いで走って渡らずにひとつ待つし、こんなに全然車が無いところでもちゃんと止まるなんて、なんか、面白いと思って」
 いやいや、オレもね、ずーっと昔からそういう人だったわけじゃないのよ、キハルちゃん。若い頃は、「車もいないのに赤信号でぼーっと突っ立ってんのなんか日本人だけだぜ? 子供の目の前で渡るのは教育上いけないけど、こんなのは、あくまでも安全のためのガイドなんだから、目で見て安全なら渡るのが普通でしょ」って言ってた。でもね、人間は、驚いたことに、変わるのよ。あ、驚いた? 実は、俺もなんだ。高校を卒業してから何十年経ってもなにひとつ変わってないじゃんて自分のこと思ってたからね。ところがね、変わるの。四十過ぎて、遅ればせながら親になることができてから、オレは、ものすごく変わったんだ。成長もしたし。この年になってまだ人間は成長できるなんて思わなかったから、それはすごい感動だったんだけど、それはまた別の話。赤信号で渡らないのは、成長というより、変化だね。どう変化したかっていうと、最近、「うっかり死なないように」気をつけるようになったんだな。
 まずさ、子供と一緒に歩いてる時に信号無視をしないのは当たり前だよね。他のウチの子であれ、子供の前で信号無視をしないことは基本。これは昔からそうだった。でも、ひとりで歩いてる時も信号を守るようになったのは、つまり、いろんなことを信用してないんだね。だいたいさ、信号がチカチカし始めた時とか、よく渡る気になるね。まだ青になってないのに気が早く発進するヤツや、もう赤信号だっつーのに平気で突っ込んでくる車があんなに多いのに。あいつら、自分が人を轢くかもなんて、実際に轢くまで一度も想像することないんだと思うよ。世の中は想像力の乏しい人が増えてんだよ、気をつけなくっちゃ。そんな奴らのために妻子を残して死にたくないよ。おまけに、赤信号渡って轢かれちゃっちゃあ、どんな難癖つけて保険が払われないかもしれないし。それだけじゃなく、『信号待ちの歩行者の列に乗用車突っ込む』なんて事件だってびっくりするほどあるから、オレなんか信号待ちの時も実はそんなに信用してない。何かあっても子供だけは放り投げて助けられる間があるように、すこし後ろの方に立ってる。ホントなんだよ。そんなことまで想像するなんて、すごいだろ。これがきっと親の本能ってヤツなんだろうなあって、オレも自分自身に驚くよ。
 あとね、実はこれが一番の理由だと思うんだけど、そもそも自分が信用できないよね。だって、もう若くないんだもん。人生を完全に折り返して帰り道なんだもん。昔のような反射神経なんてありっこないんだよ。身体も気持ちも昔と同じつもりでいるけれど、昔ならあっと思ってよけられてたはずが、今はあっと思っただけで実際は轢かれちゃうんだよ。しまったー、ちょっと身体を動かすタイミングが遅かったー、なんつっても、結果としては死んじゃうんだもん。そんなにうっかりした死に方、できないよ。どんなに「オレはまだ若い!」なんてわめいてもダメ。ジョギングや水泳で持久力はなんとか保てても、反射神経は無理だって。あんなにトレーニングし続けてるスポーツ選手でさえある年齢になりゃ限界を感じて引退するんだよ?週1のジムぐらいでなんとかなるわけないじゃん。ほら、老人がさ、なんでこんな小さな段差でっていう場所で転ぶじゃない。本人だってそのぐらいの段差越えられると思ってるし、イメージではちゃんと越えてんの。でも、実際は転ぶの。あれ、誰でもそのうち絶対になるんだってば。ていうか、もう少しずつそうなってんの。でも微妙だから気づかないだけ。それが少しずつイメージとのずれが大きくなってって、ある日、転ぶの。転ぶのはあくまでも結果であって、老化はずっとその前から始まってんのさ。ヘタすると20代あたりから始まっちゃってんだぜ? 
 話は飛ぶけど、もう10年前ぐらい、ロケの徒歩移動中、目の前を歩いてた伊東四朗さんが急につまずいてね。その瞬間、その場にいた全員の身が凍ってね。でも、手を出すヒマもなく伊東さんは前にのめり……なんと、きれいに前転して、その勢いで立ち上がり、何事もなかったかのようにそのまま普通に歩き出した。えーっ、て、一同口あんぐり。あまりの鮮やかさにコントかと思ったぐらい。伊東さん自身も笑い出しちゃってたけど、とっさにうまく転べたのは、今でもテニスやってるおかげかなあ、なんておっしゃってた。
 でも、それは良いケース。テニスなんかやってないオレたちはダメ。だからね、考えもなしにひょいとガードレールを飛び越えたりしないの。飛ぶ前に、「大丈夫か?」って自分に一回念を押してから飛ぶの。飛んだつもりが、つま先が引っかかって顔面からアスファルトに激突して顔面裂傷とかさ、それだけじゃなくて、死んじゃったりしたら、周りの人もイヤでしょ。「あ〜あ」じゃすまない感じで。
「ノンちゃんのお父さんて、どうして死んだの?」
「……ガードレールを飛び越えようとして」
 それはダメでしょ。変な言い方かもしれないけれど、そんなうっかりした死に方できんのは若いときだけ。大人はできるだけちゃんと死ななくちゃ。
 そういう意味ではオレは最近、両手をポケットに突っ込んで歩く癖も直そうとしてるよね。だってつまずいた瞬間に手が抜けなくて目の前に地面がどんどんせまり、ごーんって……笑い話だと思うでしょ。でも、オレの知り合いにいるんだよ、ホントに。ああ、ださい。おお、こわい。
 人間、いつ死ぬかわからないっていうのは、いつも覚悟していることだけど、できるだけその確率を低くする努力だけはしとこうというのが近年のオレかな。なるべく長生きしてみたいなと思い始めたってこともあるけど、大きくはやっぱり、親になったってことだよね。子供が成人するまではなんとか経済的に支えてあげたいっていう。できるかぎり健康で長生きして、ある時ぽっくり逝きたいなんて思うのも、苦しいのは嫌っていうより、子供に迷惑かけたくないから。まだ自分はちゃんと生きてるのに、自分の中でもう主人公は子供に移っちゃってるの。親になるってホント変なもんだなと思う。こうまで意識と行動が変わるんだからね。
 だからね、ここ近年のオレの大きなテーマのひとつは、「なるべく死なないように」なんだよ。
 わかったかい、キハルちゃん。だからオレのことを、社会ルールを守るただの人の好いおじさんだとは思わないでくれたまえ。ワイルドな部分はちゃんと別にあるので、男としての魅力を感じてくれてもいいんじゃないかな、とオレは思う。