土だけ食べて生きていけないか

 
 ハイチって国に、テーレと呼ばれる泥のビスケットがあるのは知ってた。泥にバターと塩と水を混ぜてクレープみたいに伸ばして天日干ししたもので、なんかビスケットというか南部せんべいみたいな形なんだけど、カルシウムやミネラルがたっぷり入っているので、妊婦さんに栄養補修として食べさせたりする習慣があるらしいのだが、貧困のためにその泥クッキーを主食にするしかない人たちが増えているらしいと知って、切なくなった。いくらミネラルたっぷりだと言っても、泥を主食にして生きていけるものなんだろうか……と、そこまで考えて、ふと、「土だけ食べて生きていくことは可能なんだろうか?」と疑問が湧き上がってきた。100%土の養分からできている野菜とか豆を食べれば十分に生きていくための栄養が取れるのだから、その元である土を食べても生きていけないのかな? と。
 土から養分を吸った植物を食べて動物が育ち、その動物たちがお互いを食べたりしているわけだけど、元をたどれば同じで、結局は植物も動物も、あらゆる生き物の身体は全部土からできているわけだから、土だけで生きていければ皆平和なんだよね。全ての成分が入っているわけだし、不可能じゃなさそうだと思うんだけど。
 よく血液は完全食だと言われるけれど、土はなぜ完全食じゃないんだろう? 理屈で考えれば、きっと栄養のバランスとしてはすべての要素が入っているはずだよね。でも単純にそれを食べないのは、身体に取り入れる時の消化の効率が悪いのかな。だったら体質を変えれば土だけ食べてバッチリ生きていけるんだろうか?
 パンダなんか竹だけであれだけの大きな身体を維持できるわけだよね。食べ物がそれしかない環境では、生き物は自分の方を環境に合わせて生きてきたわけだ。コアラはユーカリだっけ。ユーカリなんて毒があるのに、コアラはそれを解毒する機能まで身につけたんでしょ。とすれば、人間から見れば極端な偏食に見えても、栄養を取り込む機能を順応させれば、実は竹やユーカリだけでも健康に生きる上でなんの問題もないわけだ。人間にも、四十過ぎてから死ぬまで酒しか口にしないで九十まで生きた横山大観なんて画家もいるし、こないだテレビで見たけどフルーツだけで生きているフルーツ伝道師の中野瑞樹さんなんて人だっているんだから、体質さえ変えればどうも土だけでも生きられそうな気がする。実際中野さんは、何年かかけてフルーツだけで生きられる身体に少しずつ体質を変えていったそうだ。フルーツ以外は、食べ物はおろか水すら1滴も飲まないんだっていうから、すごいよね。
 うーん、今ウィキペディアで「土(食材)」を調べてみたら、土のお粥とか団子とか、世界中に土食文化ってあるみたいだから、やっぱり不可能なことはなさそう。あとはノウハウだけなのかな。寄生虫やら雑菌やらが危ないから基本的には加熱してとか、石とか混じらないように粘土質の土をさらに漉して、とか。おいしくないって欠点はあるかもしれないけれど、おいしいっていう感覚も実は経験則だから、ずっと食べてると、「うーん、この味、この味」ってしみじみおいしく感じるようになるのかもしれない。
 え、なんでしつこく土を食べたがってるのって? いや、人間はいろんなものを食べることにチャレンジして、「料理」という素晴らしいものを発明したんだから、土なんか食べなくたっていいじゃないと言われれば、そりゃもうまったくその通りなんだが、でも一方で、土っていう選択肢というか、いざという時はそれで生命を維持できるっていう共通認識が皆にあれば、人間はもっと自由に生きられるんじゃないかしらと思ったわけ。
 だって、飢えで死ぬのって、悲しすぎる。死は、病気と老衰で充分。それ以外の死は心が潰れそうになる。
 だから、「どうにもならなくなったら、最後には土食って生きりゃいいんだからさ、気楽にいこうよ」って言えたらいいなと思ったのだ。「味気ない」っていうレベルの話じゃなくて、もっと根っこの、飢餓に対しての最低ラインの生命維持の話でさ。たとえ無一文でも、作物を育てたり盗んだりしなくても大丈夫、土だけで生きられるって思えばホッとしない? それに、土だけで生きられるんだって安心があった方が、あらためて「料理」というものの素晴らしさや楽しみも増すんじゃないかしら。
 争わずに心配せずに、生活を存分に楽しめる世界は、幻想でしかないのかな。いつか、安全な土食についての究極のレシピを誰かが発明して、世界から飢餓を無くしてくれたりするのかな。いや、きっとそういう研究している人もすでにいるはずだ。そういう人がいつかノーベル賞を取る日が来るんだろうか。
 飢餓という人類の大きな問題解決ができたら、もっと世界から争いは減るはずじゃない?そこを糸口に戦争がなくなったりしないかなって、夢を見たりする。もし人類から殺し合いは無くならないとしても、それに巻き込まれる人が少なくなればそれでいいやと思う。圧政、内乱、ヘイトクライム、搾取、略奪、DV、支配して奪おうとする様々な暴力に襲われ、助けてくれる機関が機能していなくても、最悪、土だけ食べて生きられるなら、国や社会や家なんて捨てて、身体一つで山に逃げ込めばいいんだから。
 でもそうすると、あっちよりこっちの方が良い土だとかあれこれ言うやつとか、逃げる自由を奪うために土も買い占めて支配しようとするやつが現れたり、しまいには政府による土食禁止令が出たりとか、もうSFみたいな展開になるんだろうか。どうなんだろう?
 生き物は、ただ生きて死ぬだけなのかな、やっぱり。生きるための作業にエネルギーを費やすのが自然なのかな。
 さっき庭の土をつまんで手に乗せて、「オレの身体、これでできてんだよな」と眺めてみた。ちょっと口に入れてみたら、ジャリっとした感触と、独特の匂いが鼻に抜けて、「あ、これよく知ってる」と思った。そう言えば、子供の頃に何度もこうやって土を口に入れてみたことあったよなと、懐かしさが鼻をツンとした。

(2017年11月)