むさしこすぎぃ

 
 とてもピンポイントにローカルな話題で申し訳ないのだが、JR南武線の武蔵小杉駅のホームのアナウンスって、おかしく感じる人いないかしら?
 どこがおかしいのかと聞かれると、うまく説明できる自信がないのだけれど、「むさしこすぎー」の「ー」の部分が、どうも長い気がするのだ。それも、はっきりと長過ぎるのではなくて、ほんのちょっとだけ長いんじゃないかという違和感があって、おまけに、最後に小さい「ぃ」をつけて終わる感じも加わって、
「むさしこすぎーいぃ」

みたいな……ああ、やっぱり字で書いてもうまく伝わらないな。
「駅のアナウンスの語尾が伸びるのは普通じゃない?」とカミさんには言われたんだけど、でも東横線の武蔵小杉駅のアナウンスで違和感を感じたことはないから、やっぱり南武線が変なんじゃないだろうかと思うのだが、ものすごく特徴的なフシが付いているということでもなく(そうだったらもっと話題にしやすいんだけど)、基本的にはよくある女性の声の棒読み口調で、しかしなぜか、なんともいえない違和感を感じるというだけなので、「あれ、おかしい!」と強く主張することもできず、聞くたびに、もやもやしていた。
 そんなある日、また南武線で仕事に行く機会があった。武蔵小杉の乗り換えでまた例のやつを聞き、いつものようにもやもやを抱えながらドア脇にもたれていると、次の武蔵中原でホームから聞こえてきたアナウンスが、同じ女性の声で、なんと、
「むさしなかはらーあぁ」
と、やっぱり少しだけ語尾が長い気がする。
「むむっ」と、次の駅でも耳をすましてみると、武蔵新城にはなんの違和感も感じなかった。
 ところが。さらに次の武蔵溝の口は、「むさしみぞのくちーいぃ」と、やっぱり、あの例のもやもや感があるではないか!
 すごいことに気がついてしまった、と思った。
 武蔵新城の「う」段や登戸の「お」段には違和感を感じないから、どうも「あ」と「い」段のみらしいのだが、この女性の声の伸ばし方には、どうも僕に独特のもやもや感を感じさせるなにかがあるらしい。
 といっても、必ずそうだというわけではなく、稲田堤は普通に聞こえたりして、拍子抜けする。さらにムキになって、駅に着く度にホームに耳を突き出して、むさぼるようにアナウンスを聞こうとすると、矢野口や南多摩ではドアが開く前にアナウンスが流れてしまったのか聞けなくて残念だったが、府中本町には、「ふちゅうほんまちーーいぃ」と、やはりもやもや感があって、「おおー、これこれ!」と思った。こうなってくると、にゃんこスターではないが、もはやこのもやもや感を求めてしまっている自分がいる。
 その日の現場は西府だったのが、なんだかこれは解明しなくてはいけない問題のような気がして、仕事帰りにはわざわざ一旦終点の立川まで行ってから折り返してこようと決めたワタシだった。
 全部の駅をひとつずつ降りて確かめていたら、おそらく一日がかりになってしまうだろうし、そこまでやる気力は流石になかったけれど、僕は、ほんのちょっとだけ鉄道オタクの気持ちがわかる気がした。この声の女性のことを知りたいと、声優オタクの気持ちもわかる気がした。そして、少なくとも立川の終点までは行ってみようと決めた自分に、いい歳をしてもまだそんな馬鹿馬鹿しいことをするエネルギーが残っているのだなと、ほっとすらした。いや、ほっとしていいのかどうかは、わからないが。
 結局、終点の立川駅では、いろんなアナウンスがあちこちから流れていて、正直、今まで聞いてきたアナウンスの締めくくり感がなかった。全部あの女の人の声にしてくれたらよかったのに。でもまあいいやと、ホームの立ち食いそばを食べ、「うん、僕はこれを食べに来たのだ」と、勝手に任務完了として引き返すことにした僕だったが、しかし、帰り道にはさらに驚愕することになったのだった。以下次号。乞うご期待。ウソ。
 帰りも当然ドア側に立って、もやもや感を堪能しながら帰ろうと思っていたら、なんと……なんと、帰り道のホームのアナウンスは男性の声だったのだ!
 皆さん、そのことを知ってましたか? てっきり同じ女性の声だと思い込んでいた僕は、「ええ、上りと下りで人が違うの?」とすっかり驚いてしまった。
「あ、でも、そうすると、男性の声なら上りで女性の声なら下りと瞬時にわかるから、何かに役立つのかな」とも次の瞬間思って、よくわからないが勝手に感心した。鉄道オタクの人だったら、「それは○×のためで〜〜」と嬉々として説明してくれるような気がした。
 でも、あの独特のもやもや感を、帰り道には楽しめないのか、とちょっとだけ寂しく思い、ぼんやりと物思いにふけっていると、
「ふちゅうほんまちーいぃ」
 あああ。この男の人も、語尾が長いいい。例の、もやもや感があるううう。
 夢中で、駅に着く度にアナウンスに耳を凝らしたら、やはりこの男の人も「あ」と「い」段が長い。まるで示し合わせたように。いや、これは、絶対に示し合わせたはずだ。それとも、録音したディレクターによる厳格な指示か。
 なんだかわからないが、僕は、南武線はすごいと思った。
 

(2018年3月)