主役の芝居ってなんですか?

 
 俳優のワークショップで、とても上手なんだけどそれが悪目立ちして、見ているとちょっと疲れちゃう男の子がいたので、「もっとリラックスして主役の芝居をしなよ」と言ったら、「へ?」と不思議そうな顔をする。「主役の芝居なんて考えたことないです。どうしたらいいんですか?」と困っているので、面白いから「じゃ、わからないなりにやってみて」とやらせてみたら、なんだか必要以上に胸を張って西部劇のガンマンみたいな腕の振り方をして出てきて、くしゃみが出るのを我慢しているようなよくわからない顔であたりを見回すもんだから、おかしくておかしくて、腹を抱えて笑い転げてしまった。
「うははは。それが君の主役のイメージなの?」
「だって、わかんないですよお。だからとりあえず堂々とカッコ良い感じかなと思って」
「うはは。じゃあ、今の、カッコ良いヤツなんだ」
「じゃあ、教えてくださいよ!主役の芝居ってどうすればいいんですか?」
そう返されて、ああ、そりゃそうだなと思った。その人なりに主役という言葉が持つイメージが違うから、いきなり主役の芝居をしろなんて言われても掴みどころがないに違いない。
「あはは。混乱させてごめんね。僕が言いたかったのは、簡単に言うと、相手の芝居に反応しろってことなのよ」
「相手の?」
「うん、主役っていうのはさ、リアクションの芝居なんだよ。自分を取り巻くたくさんの人たちが巻き起こす事件に、戸惑ったり同情したり喜んだり葛藤しながら、見つめていく役割だよね。事件を引っ張っていくのは周りの人たちで、それに対していろんな想いを感じていくのが主役。言ってみれば、主役っていうのは観客の代表なんだよ。観客も自分も主役になった気持ちで、おんなじように悩んだりしながら一緒に物語を見つめていくわけだから」
「あ、なるほど」
「主役が全部の事件を起こしてたら変でしょ。空気の読めない勘違い主人公が暴走して周りの人を巻き込んでいくっていうコメディのパターンも近年では多いけど、それは実は主役じゃなくて、ずっと側にいる相棒的存在が必ずいるでしょ、幼馴染だったり恋人だったり。そっちが本当の主役なのね」
「あ、確かに」
「そしてその暴走を生かすも殺すも、リアクションにかかってるわけ。要は、主役の芝居っていうのは、周りを生かす芝居なんだよ。リアクションが下手だったり無視したら、相手の芝居を台無しにしちゃう。だから、相手のお芝居をしっかり見つめなさいってこと。見て感じるのが主役の演技ってわけ」
「ははあ、なんとなくわかってきました」
「だから演技としてやってて面白いのは脇役の方なんだよね。いろいろ仕掛けられるし、主役より自由の幅が広いからね。だいたい印象的な美味しいトコは脇役が持っていっちゃうことになるし。でも主役は、それを悔しがって自分の手柄にしちゃうような芝居しちゃダメで、ちゃんと脇役に渡してあげなきゃいけないの。主役っていうのは、その登場人物たち全員を迎え入れて受け止めるのが、その務めなんだな。脇役の仕掛ける演技によって主役は光るんだけど、ちゃんとリアクションして脇役を生かさないと、ちゃんと光らない。今の君の芝居は、すごく考えて努力してるのはよくわかるけど、どちらかというと仕掛けていく芝居だから、次々に絶え間なく小技を繰り出すような感じだから、見ててちょっと疲れちゃうわけ。だからもっとリラックスして、相手の芝居をよく見て、自然にそれに反応していってほしいんだな」
「む、むずかしいですね」
「むずかしいと思えばむずかしいし、楽だといえば楽でもあるね。だって、きちんと感じればいいんだから」
「ただ自分であればいいってことですか」
「好奇心旺盛とか内向的とか、主人公の性格や捉え方の癖があるから、役作りは必要だし、そういう意味では単純に自分であればいいってことにはならないけど、でも感じる心に関しては素直でないとダメなんじゃないかと僕は思うけどね。やりたい芝居見せたい芝居より、目の前で起こっている新鮮な事柄をきちんと見逃さずに受け止めることが一番重要なんじゃないかしら」
「相手の芝居が下手な時はどうするんですか」
「あ、それね。君みたいにできる人には悩ましい問題だよね。でもね。自分一人で全部完成させちゃう芝居はやっぱりダメだと思うんだよね。たとえ相手が下手でもそれを生かす芝居を、なんとかやんないと。相手を見下さず、信頼して、受け止めないと、結局自分も潰れちゃうと思うんだよね」
「うー、主役、むずかしいー」
「でもさ、うまくやれば、自分のリアクションによって相手の芝居を魅力的に見せることも可能なんじゃないかと思うんだよ。もしかしたらものすごく下手な人も、自分のリアクション次第では名演技に見せてあげることができるかもしれない。そうすれば結果として自分も生きるわけじゃない?そんな奇跡的なことができたら素敵だと思わない?」
「うわあ。すごいハードルですねえ。でも言ってる意味はわかります。だから相手を見下すな、と」
「うん。逆に言うとさ、脇役やってる時でも、シーンによっては主役になんなきゃいけないと思うのよ。そう思いながら僕はよく演ってる。相手の芝居を生かす芝居っていうのが最高の演技だと思うしね」
 

(2018年10月)