男子はバカである。

 
 娘の小学校時代に読み聞かせのボランティアを6年間やったおかげで、娘の同級生たちは違う中学に行っても道端で会うと今だにぺこっと頭を下げてくれたり手を振ってくれたりする。
 中学生になった女子たちは、一瞬誰だかわからないほど大人っぽくなっていてびっくりすることが多い。男子はというと……ま、はっきり言うとガキのまんま。というか、制服を着た分、精悍さというよりガキっぽさの方がマシマシで見えてしまっているようで、同い年の女子に比べて断然バカに見える。まあ実際バカなんだろうし。いや、これは愛情を込めて言っているので、年頃の息子を持つお父さんお母さんは気を悪くしないで欲しい。
 だいたい、男の子と女の子の知能の差って、幼稚園ぐらいにはもう歴然だよね。知能っていうより精神性というのかな。とにかく男の子はいつまでも単純だよね。「ちんちん」とか「うんこ」とか言っただけで思わず笑ってしまうほど笑いのハードルも低いしね。で、たいがいの男子はそのまんま成人まで行ってしまう。別の見方をすれば、男の子は女の子に比べていつまでも子供っぽくて可愛いということでもあるんだけど。
 子役でも5歳ぐらいだと明らかに男と女で人間の種類が違う。女の子はもうすでに女優。演じるということをちゃんと理解しているし、感情で涙を流すことすらできる。対して男の子は、そもそもなんでそれをやらなければいけないかを理解していないから、「もうちょっとこう」と言われても芝居が変わることがほとんどない。セリフを完璧に覚えて間違えずに言っているのにそれ以上の要求をされる理由がわからない。男の子が演技というものをわかり始めるのはせいぜい8歳ぐらいからのように思う。それでも、その人の気持ちになってセリフを言うなんていうのは苦手中の苦手だ。真似は出来るし好きだから、難しい用語やアクション付きの、ヒーローもののような演技は得意なんだけどね。
 男の子は相手をするのが楽だ。「何が好きなの?」と聞けば、すぐに電車の種類とかカードゲームの内容について延々話し出してくれる。「学校に好きな子いるの?」なんてこと聞いても、親や先生みたいなしがらみがなければ、うかつにいろいろ喋ってくれるから面白い。途中で聞き疲れて「へー」とか「ほーん」とかあいづちだけうってても、夢中になって話してる男の子たちは気がつかないから、楽。女の子にはとてもそんなことできない。気を抜いたらすぐに「ちゃんと聞いてる?」とか「この話面白くない?」と聞かれてしまう。女の子は常に、この人は自分に好意を持っているか、何をしてくれるのかを観察している。
 ところが男子ときたら、自分が好きなものは人も好きで当たり前と思ってるもんだから、相手によって話題を変えることがまずない。校長と親戚のおじさんでは態度は違うけれど、それは話しやすいかどうかだけで、話す内容を変えようとは思わない。
 まあつまり、簡単に言うと、男子は、人の気持ちがわからない(笑)。
 男の子は多分に自閉的だと思う。誤解を恐れずにいえば、実はほとんどの男子は自閉症スペクトラムの端っこに位置しているんじゃないかと僕は思っている。覚えたり集めたりしてそれを発表するのが好きだし、好きなことについてのこだわりが強いし、面白い音感の言葉が大好きで繰り返し口ずさむし、あるべき位置に物がスッとはまると快感を感じたり、ルールを決めてそれ通りに行動するのが楽だというのもその特徴だと思う。言葉も額面通りに受け取る。時と場合によってはひとつの言葉にもいろいろな意味があるのよと言われると困惑してしまう。それは、「進め」は「進め」という意味ひとつじゃないと集団で狩りする時に死の危険にさらされるからという原始の記憶からきっと来ているわけだけど。だから、コミューンで暮らすために共感を大事にしてきた女たちの会話が、男には理解できない。まったく脈略なく話が飛んでるのにどうしてみんな平気でついていけるのか、おまけにさっきと180度理屈が違うこと言ってるのに、なんでみんな「そうそう、わかるー」と言えるのか。瞬時に変わる「正解」に戸惑う男子は、だから「察してよ」なんて言われても、「はっきり言ってくれなきゃわからないよ!」と叫ぶのだ。
 女子の心にすっと入っていく男子というのも世の中にはいるけれど、実は彼らも「このパターンは以前叱られたからダメ。この人にはこういう場合はこう」と、データ収集とトライアンドエラーで勉強してきた結果で、本当には相手の気持ちを理解はしてないんじゃないかしら。役者なんて仕事をして、人の心の中のことを始終考えているせいで、相手の気持ちを考えるという面では男子としてはけっこう僕は上等な方かなとは思うけれど、朝からふざけて肩ぶつけ合って登校していく男子たちを眺めていると、自分もやっぱり所詮はこれなんだよなと、あ〜あ、と脱力して笑ってしまう。
 そんなバカな種族の中にも、まれに、突然変異のような繊細な輝きを持つ男の子はいる。僕には、ウチに娘が生まれる前からの仲良しの男の子が一人いる。前のマンションに住んでいた時に仲良くなったのが、いまだに交友が続いている。優しくてちょっとヘタレで、中学では不登校になったり、一度など家出までして自作の秘密基地で一晩を明かしたりとか、いろいろなエピソードで楽しませてくれる子だ。一緒に映画を見に行ったこともあるし、僕のために編集したCDをプレゼントしてもらったこともある。高校生になると、駅でぼさっと立ってたところをモデルにならないかとスカウトされたりして、ああ、あの独特の雰囲気に目を止める人がやっぱりいるんだなと嬉しく思ったり、ついには、映画にも一本出てしまった。彼がこの先俳優になるのかはわからないけれど(近頃は美術に夢中らしいから、たぶんならないと思うけれど)、これからの成長をとても楽しみにさせてくれる男の子だ。先日会った時は、まっすぐな目で「僕は太陽になりたいんです」と言っていた。輝いた自分を見て欲しいからじゃなく、自分が太陽になれば皆を照らせるからなんだそうだ。だから圧倒的なエネルギーを持ちたいんだそうだ。そういうことを恥ずかしがらずにまっすぐ言えるのは、男子ならではの魅力かもしれない。彼の名前は今は書かないけれど、彼のことはいずれ何かの形で書くだろうと思っている。彼と酒を酌み交わす日のことを僕は楽しみにしている。
 それにしても、本当にウチは娘でよかったなあと思う。よその家の子でも、息子を持った気分のかけらは味わえるからね。男子と女子の成長の両方を味わえて本当に幸せ。人んちの男の子だと「あー、どうぞどうぞ。ウチにいてもむさ苦しいだけなんで、どうぞ連れ出してやってください」って、むしろ感謝されたりするし、会った時に頭をグリグリやったり肩を叩いたりしても問題ないけど、よそさまの女の子を誘ったり触ったりするのは問題あるからね。心置きなくハグできる娘がいて、本当に幸せだと思う。あ、今思ったけど、男の子には「早く大人にならないかな」と思うのに、女の子には「早く育たなくていいから!」と思う。でもこれ、関係ないね。
 

(2017年12月)