電子タバコを格好よく吸えるか

 
 「歩き電子タバコ」をしている人を見たのだった。
 サラリーマンらしきスーツ姿の男性が、左手にスーツケース右手に電子タバコで、前屈みに親指をくわえているような姿勢で、セカセカ、チュパチュパとすれ違って行った。なんというか、”情けない感じ”の最上級だと思った。
 そもそも電子タバコを格好良く吸っている人を僕は見たことがない。なぜか皆、手のひらで包むように持って吸うから、ライナスが毛布をくわえているような感じになってしまう。もしくは隠し持ったお菓子を食べているような感じというか。
 そこにきて、くだんのサラリーマンのように歩きながらセカセカチュパチュパとやられると、嗜好品であるはずのタバコなのに、”一服”や”リラックス”という言葉のイメージからは完全にかけ離れていて、「そんな風にして吸うぐらいなら、やめてしまえばいいのに」と思ってしまう。
 昔は自分も煙草を吸っていたし、悪い印象を持っていないので、たとえ電子タバコであれ、煙草は美味そうに、格好良く吸って欲しいのだ。
 かつて煙草は、映画やドラマにおいて、重要なアイテムだったと思う。火をつける時も相手から目を離さずにいることで緊張感を高めたり、先端の灰が落ちそうになっているのに気がつかないことで何かの思いに囚われていることを感じさせたり、吸い方ひとつで登場人物の性格や心情を表現できる粋な小道具で、その仕草がすごく印象的だったりすると、憧れて、よく真似したりしたものだ。
 『スティング』でのポール・ニューマンの、ポンと空中に放り上げてからくわえるあの軽妙なアクションをやりたくて、一生懸命練習したことを思い出す。『男性・女性』のジャン=ピエール・レオの煙草のくわえ方も格好良かったな。『勝手にしやがれ』のジャン・ポール・ベルモンドが煙草を持ちながら親指で唇を撫ぜる仕草も、その仕草がそもそもハンフリー・ボガートの真似という設定だったけど、さらにその真似をした。『スケアクロウ』なんて、最後のマッチで煙草に火をつけてあげる出会いから始まる友情の話だ。身を寄せ合いながら両手で風を防ぐようにマッチを擦るあの仕草なんて、風が無いのにやたらに真似をした。両手で覆うと言えば、『さらば友よ』のドロンとブロンソンの……ああ、思い出したらキリがない。こういう話をし始めたら、あの映画のあのシーンも、と、止まらなくなって友達とよく何時間も話し込んだものだ。
 若い頃お世話になった岸田森さんが、「そうなんだよ」と、一度熱く語ってくれたことがある。
「俺は山崎努の煙草の吸い方に憧れたんだ。あの人、肘を上げ気味にこう持って、口から離すときに思い切ってこう、パーッと右上にあげるんだ。それがもう、スターって感じでカッコ良くてさ。でも真似してみるとああいう風にならないんだよ。それで、男は『俺の吸い方』っていうのを作らなくちゃいけないんだと思ったんだ。たとえば田中邦衛さんは人差し指と親指の先でこうつまんで、おちょぼ口で吸うだろ。あれはやっぱり邦さんに合っててカッコイイ。他にも、人差し指と薬指の間で挟むヤツもいれば、深く持って顔の下半分を手で隠すようにこう吸うヤツもいる。吐く時だけ首を傾げてこう吹くヤツもいる」
と、いろいろな吸い方を目の前で次々にやって見せてくれ、最後に、
「で、いろいろ試行錯誤した結果、俺の吸い方は、こう持って……こう」
と、煙草を持って、顎の方にすっと手を持って行った。そうしたら、確かにその瞬間、「あ、ホントだ、岸田森だ!」と思った。たまらなく格好良かった。 
 しかしだ。電子タバコは、いろんな吸い方が目に浮かばない。こそこそした感じとか、中毒っぽくやめられない感じとか、神経質さはまあ表現できるけど、きつかった一日の終わりの一服みたいな余韻はどうも難しい感じがする。死刑囚が最後の望みに電子タバコを一服頼むってのも、ちょっと想像できない。たとえば脚本のト書きに、「歩き電子タバコをしている男」と書いてあったら、そこに主役のイメージはまったく感じられないと思いませんか。
 昨日、現場にドライバーとして来ていた役者のまっちゃんが、僕より長身なくせに猫背っぽく壁に向かって電子タバコを吸っているのを見て、もっと格好良く吸ってみろと言ってみた。「え、どんな風に」と戸惑っているから、まずその握り方をやめさせて、人差し指と中指で持たせたり耳に挟ませたりしてみたが、どうもどれも様にならない。ということで、今度会うまでに格好良い吸い方を研究しておくようにと命令しておいた。
「張り込みをしている刑事のカッコイイ電子タバコの吸い方とか、青空の下でゆっくりと一服する電子タバコの爽快な吸い方とか、会話の中でさりげなく電子タバコを吸う色気のある仕草とか、な」と言うと、「ハードル高いっすね」とまっちゃんは言っていたが、「役者なんだから、やれ。そして、俺を憧れさせてくれ」と言っておいた。後日、いい報告が書けるといいけれど。
 

(2018年4月)