一年は本当にあっという間か


「ああ、今年もまた半分過ぎちゃいましたねー。ほんっと、早いですねー」
 まただ。毎年6月になった頃から必ずこの言葉をくりかえし聞くことになる。いいかげん、うんざりだ。
「オレは早いと思ったことはまったくない」
「は?」
「それどころか、毎年、『まだ7月なのか?今年もえらくいろいろあるなあ』と感慨のため息をつく」
「あ、それってアレですか。ポジティブシンキングみたいなの。コップに水が入ってて、もう半分しかないと思うか、まだあと半分あると思えるかってヤツでしょ」
「いや、それじゃなくて、オレは本当にそう感じるんだよ。逆に、なんでみんなが口を揃えて『早い』って言うのかがわからない」
「えー、そうですかあ。アタシなんか年々、一年が経つのがあっという間になりますよ。30過ぎてからは坂を転げ落ちるようだって、ホントだなって」
「ホントか? 本当に『あっという間』か? じゃあお前、この半年にあった嫌なことを、今、指折り数えてみろ。ものすごい数だぞ。それが今年の残り、少なくとも同じ分だけあるんだぞ。どう思う? 絶望するには十分だと思うがな」
「うわ。いやなこと言いますね」
「さあ、やってみろ。数えてみろ」
「イヤですよ。意地悪だな、利重さん。ネガティブシンキングー!」
「それにしても、『あっという間』というのは、いったいなんなんだ?」
「え? なんなんだって? どういう意味?」
「みんな、なんのために『あっという間』と言うんだ? それを言うことによって、なにか得することでもあるのか」
「はあ?」
「だからさ、『いい天気ですね』とか『○×の花が咲きましたね。次は△□の花ですね』とかいう話題だったら、季節とか自然をしみじみ見つめ直すきっかけになっったりして、役に立つじゃん。それにたいしてだ。『あっという間ですね』『そうですねー』と言うことで、なにか得をするの?」
「利重さん、言ってる意味がわからない……。例のモードに入っちゃったの?」
「じゃあ、質問を変える。お前は、楽しくて『あっという間』なのか?」
「いや、気がついたら『あっという間』で」
「じゃあ、『私はこの半年間、意識を失うようにして生きていたので半年をあっという間に感じてしまいましたが、当然あなたもそうですよね。生きることをたっぷり味わったり噛みしめたりなんかしませんよね。ね?』って同意してほしくてそう言うの? 『一緒に、あっという間だと感じながら人生終えちゃいましょうよ』って、そういうこと?」
「ああ、やっぱり例のモードに入ってる」
「ちょっと待て。さっき言った嫌な出来事だけじゃなくてさ、今年にあったことを本当に指折り数えてみなって。かなりいろいろなコトがあったと思うんだが。オレは、なんでそれを『あっという間』という言葉で消しちゃう必要があるのかがわからないって言ってんの。それまでにあったいろんなことがもったいなくないか?」
「あのー。そんな深い意味はなくてですねー。コミュニケーションとしての軽い挨拶っすよ」
「だったら、『あっという間ですねー』じゃなくて『今年もいろいろありますねー』って言う方が良くないか?『そうそう、私なんかこの前ね……』って話題に続いて楽しいと思うし」
「でもでも、『光陰矢のごとし』って言うじゃないですか。『あっという間』だと思うから、時間を大切にしようとも思うんですよ。ほら、アタシ今いいこと言った」
「それならいいけどさ。じゃ、お前、『あっという間ですね』って言ったあと、そういう風に思い直して生きてる?」
「……もうダメだーなんて焦っちゃったりしてるかも」
「逆効果じゃん」
「うーん。じゃあ逆に、利重さん、ホントに、『あっという間』と感じることないんですか」
「ナイフで木からスプーンなんか削りだしてる時は、はっと気がつくと2時間ぐらい経っててびっくりすることはある」
「ほら! じゃあ、楽しい時間はあっという間じゃないですか」
「でも3、4時間ぶっつづけでやったら、『あー、今日はたっぷりやったなー』って思う」
「……。ふーん」
「今お前、変なことでからまれちゃってイヤだな、早くこの会話終わらないかなって思ってるんだろ。よし。あっという間だったと思えない程、この会話を続けてやる!」
「いやー」
「6月になると『早いですね』っていうヤツは必ず10月になると『今年ももうあとちょっとですねー』って言うだろ。あれ、なんでだ。あと3ヶ月あるだろ。3ヶ月って言ったら1年の4分の1だぜ? 全然ちょっとじゃないよ」
「でも、みんな言いますよ。みんな言ってるからつい自分も言っちゃうってのも、あるし」
「そこなんだよ。だからさ、『誰にとっても、一年って、あっという間なんかじゃないですよね』って、みんな、言うようにしたらどうだろう? なにかが変わっていく気がするんだが」
「あー、それはそうかも」
「オレはさ、この歳になって、ずいぶんたっぷり生きてきたなって感触があるんだ。もちろんまだまだ長生きしたいけど、ここまででも充分生きたと思えるんだ」
「それ、幸福いっぱいの人の発言ですよ。反感もたれますよ」
「いや、実は、誰の人生も大なり小なりあんまり変わらないんだよ。外から見た目の派手さじゃなくて、感じ方だからさ。人生って、ほんっとに、たいがいの出来事は発生するんだなって感じる。信じられないぐらい腹が立つことも、信じられないぐらい嬉しいことも、見事に全部起こる。もちろん、生まれた時から戦乱の中という人たちだっているから安易に言い捨てられはしないけど、それでも、そんな中でも、恋愛のこと、家族のこと、仕事のこと、みんな同じようなことが起こって、同じようなことを感じてる。でも誰にとってもそれぞれが初めての出来事で、だから特別で。その特別のことを、いちいち噛みしめながら生きてるとな、ホントに日々はあっという間なんかじゃないぞ。一年の間に起こるのと同じように、一日の間にもいろいろなことが起こる。『あっという間』という言葉でまとめて消去しちゃうにはもったいないのだぞ」
「わかったっす。じゃあ、人生を味わいに行きたいので、いいかげんもう帰らせてください」
「いや、待て待て。もうちょっとこの爺の話を聞け。もうしばらく辛抱した方が、あとの時間がより味わい深いぞ」
「いやー」