ある高校生への返信

 
 お手紙、読みました。
 いろいろ忙しかったのと、内容が内容だったので、「頑張ってね」だけで済ますわけにもいかないなあと思っているうちに、随分お返事が遅くなってしまいました。ごめんなさい。
 映画監督になりたいとのこと。うーん。大変な道を目指してしまった若者がまた一人というわけですね。参考になるかどうかは分かりませんが、僕が思うことのいくつかを書いてみます。
 まず、大切なのは、なぜ映画監督になりたいか、なのだと思います。映画監督という職業に憧れがあるのか、それとも君の心の中にどうしても創りたい一本があるのか、です。もし、憧れの段階なのであれば、もう一度じっくり考えてみることを進めます。僕は、映画監督というのは職業ではないと思っています。つまり、はっきり言ってお金にならないのです。ほとんどの監督が映画だけで生計を立てることが出来ず、TV、CM、Vシネマ、企業VPなどの仕事や、それだけなら映像に携わっているからまだましなほうでしょうけれど、原稿やまったく別の仕事(バイトも含めます)によって生計を立てているのが現状です。きっと、映画の監督だけで生活を立てている人は、日本映画界の中でも数人なのではないかと思います。驚きましたか?
 映画というのは、企画を通すまで、気の遠くなるような根気がいります。その途中でポシャってしまえば(その数の方が多いわけですが)それまでの保証はゼロ。また、製作が決まっても、それから実際の準備、撮影、仕上げ、公開まで、一本の映画を世に送り出すには、またおそろしく時間がかかるわけで、徹夜など当たり前のハードスケジュールにも残業手当など出るはずもありませんし、時給に計算したら、まともな人なら、ちょっとやろうとは思えない業界です(笑)。
 もちろん、監督で居続ける、ということに目的をおけば(つまり、仕事を選ばなければ)、仕事はあると言ってもいいでしょう。でも、ただ監督でいるという満足感のために映画を創りたいのではないと思うのです。(君もそうであると信じます)
 お金にならなくても、それでもどうしても映画を創りたいという想い。何年かに一本でもいいから、自分が本当に大切に思っていることを映画にしたいという姿勢。それがあるなら、この世界は、頑張ってみる価値はあると思います。
 
 では、どうやって監督になるか。
 これは、実は映画に関しては、頼りにならないというあなたの先生が言う「道は自分で切り開くもの」というのが正しいのです。
 大手の映画会社の撮影所システムは崩壊して久しいですから、助監督で修業するうちに、会社から「そろそろお前も一本撮るか」などと言ってもらえる制度はもうありません。第一、大手の映画会社は製作スタッフの社員はもう採っていません。実際製作しているのは様々ある街場の製作プロダクションがほとんどなのですが、これまた、映画の専門学校を出たからと言って簡単に製作会社に就職できるというものではありません。現在、街場で働いている映画スタッフのほとんどはフリーランスですし、どのように映画の世界に入ったかもまったく違います。
 そのかわり、そういうシステムが崩壊したおかげで、やる気と根気と、ほんのちょっとの才能があるものなら(笑)、十何年も助監督修業をしなくても、一足飛びに監督になるチャンスが平等に開かれているというでもあります。
 映画は誰にでも創れます。スタジオも会社も無くても映画は創れます。三重県に住んでいたって創れます。プロとアマの境もようやく無くなってきています。それこそ、想いさえあれば、スポンサーに頼らず、仲間を集めて自分達だけで映画を作って配給することだって出来ますし、実際そうしている人達も増えてきました。(とは言っても、ノーギャラ、手弁当でやっても実質製作費はやはり何百万かはかかってしまいます。でもそれだって、みんなで一年間根を詰めてバイトでお金を貯めて持ち寄れば、作れない金額ではありません。)
 話を戻しましょう。あなたが不安に思っているのは、映画界への入り口がわからないということだと思います。そうなんです。僕もこれは正直なところよくわからないのです。映画界に入ったきっかけは、本当に人それぞれで、ルールやマニュアルが無いのです。よくあるケースとしては、自分が「これだ!」と思う監督にコンタクトをとり、「ただでもいいから」とひたすらお願いして現場に見習いとしてつかせてもらうというのがあります。そこで頑張れば、目を掛けてくれた人が他の現場にも呼んでくれて、次に繋がってゆくというわけです。何本かやれば、映画作りのノウハウを覚えますし、それを元に自分の製作態勢を考えていったり、相談したりすることが出来ます。また、製作会社に入った人も、入社試験で入った人もいれば、使い走りのバイトから入った人もいます。つまり、「根性作戦」です。僕の周りのスタッフにはこういう奴が多いです。
 もう一つには、とにかく自分で映画を創っちゃって、それを名刺代わりに歩いて回るという方法があります。そういう意味では、君がとりあえず目標に置いた日本大学芸術学部映画学科に入るというのは、結構いいセンだと思います。一応大学卒という学歴も出来ますし、名刺代わりになる映画をじっくりと創ったり、色々な業界の情報を集めたりする時間もあるでしょう。映画というのは、実は創ってしまうのがいちばん勉強になるのです。小さいなりにも自分で工夫と試行錯誤を繰り返しながら創った経験は、必ずプロの現場でも役立ちます。プロの段取りや専門用語なんていうのは現場に着けばあっという間に覚えるものですし、本当に大事にされるのは臨機応変に動ける資質を持ったヤツですから、自分で創ったことのある人間は強いのです。
 映画の学校としては、大学以外に、今村昌平さんが創立した日本映画学校を始め、映画美学校、東放学園デジタル映画科、日本工学院等々、様々な専門学校もありますが、どれがいいというのは僕にはわかりません。工学院とかなら最新の機材を覚えられるでしょうし、日本映画学校や美学校とかなら現場の見習いにつくチャンスが多いかもしれません。ただ、大学卒というわけではないから、「あ、しまった。俺がやりたいのはやっぱり映画じゃない」と思った時には、ちょっと苦労しますけどね。
 思い切って、海外、南カリフォルニア大学映画学科やニューヨーク大学映画学科に挑戦してみるという手だってあります。ここでは資金の集め方からなにから、実際の製作への実戦ノウハウをみっちりやりますから、この学校在学中に製作した映画でデビューを飾る監督が多いので有名です。本気であるなら、この方法は強力です。
 とにかく、どこに入っても、自分が動かなければ、何も始まらないということだけは覚えていてください。僕は、学校に入るメリットというのは、機材がタダで借りられるということ、それと、何より、一緒に創る仲間が作れるということだと思います。あなたが好きな石井聰互さんと笠松則道さんのコンビは日本大学芸術学部から始まっていますしね。そして、学生という猶予期間の中で、頑張って誰の真似でもないあなただけにしか創れないオリジナルな作品を創ること、そのための「場所」だと思います。学生だからといって、映画に差があるわけではありません。むしろ、学生の方が凄い映画を創る可能性だってあるわけです。劇場用映画というのは、いろいろ制約も多いですから、なかなか一年間かけて四季折々の風景を混ぜながらじっくりと撮るなんていうのは、よほどの大作でなければ出来ません。でも、学生なら、ふんだんに時間を使いじっくりと創ることも出来るわけです。映画は、想いを込めて本気で創った者の勝ちなのです。
 あと、学生の時期に、いつか創りたい映画の脚本をじっくり書いておくことも出来ます。今の時代、脚本を書かなければ監督になるチャンスは無いと言っても等しいですからね。僕はよく、「ああ、じっくり脚本をかく時間が欲しい」と思います。この時間を作るのが、社会に出てしまうとなかなか大変なのです。
 そう、もう一つだけサジェスチョンがあります。大学に入ったら、映画だけじゃなく、色々なことに挑戦してみてください。僕は思うのです。映画のことしか知らない映画屋はつまらないな、と。様々な人と関わり、色々なことを経験し、感じなければ、人の人生など描けないと思うのです。そういう意味では、何も映画の専門学校に行く必要も、別に無いのです。沢山の人生と関わること。これも映画を創る人間には、いえ、映画を創る人間でなくとも、大事なことだと思うのです。
 
 さて、どうするか、です。
 映画で食えないから他の世界へ行った人、身体を壊してやめてしまった人、業界にはいるものの日々に流されてゆく人、感情が鈍ってしまったのか、いつの間にか夢を失ってしまったのか、業界の悪口ばかり言いながら結局は自分からは何もアプローチしなくなってしまった人、いろいろ、僕は知っています。憧れだけでは続いていかないこともあります。それでもやりたいか、です。
きついことを色々と書いてしまいましたが、あなたが前途ある若者だけに、誠意をもって、あえて答えたつもりです。
 覚悟さえあれば、楽しい世界です。僕は、映画の世界に携われて、「生きていて良かった」と感じたことが沢山あります。ひどくグレたり人を殺したりせずにここまで育ってこれたのも、沢山の映画が救ってくれたおかげが多分にあると思いますし、同じ夢を見て一緒に感動することが出来る沢山の大切な仲間が出来たし、「ここが自分の居られる場所なんだ」と思えるし、ガキの頃は自分が外国に行けるようになんて想像もしたことが無かったのに、自分が創るようになって、海外の映画祭に呼ばれ、片言なりとも英語を喋り、外国の友達がいるなんて、ホント、ガキの頃の夢をはるかに越えてしまいましたしね。映画っていうのは凄いなあ、なんて、今でもよく思います。
 正直言って僕はなんの手助けも出来ないけれど、君が本気なら映画の世界はいつでも開かれています。もしかしたら、いつか一緒に仕事をする日が来るかもしれませんね。
 
では。頑張ってください。