季節の前倒しはもうたくさんだ



 「あはは。やっぱり利重さん、苦虫をかみつぶした顔になってるぅー」
 いつも髪の毛を切ってもらっているピパラの内田さんが僕の顔を見ておかしそうに笑う。
「ああ、もう11月に入ったんですねー。あ、クリスマスソングかけとくの忘れちゃった」
 それを聞いてますます苦虫顔になる僕を見ていたずら小僧のように笑う内田さん。そう。毎年11月に入ると、僕は不機嫌になるのだ。不機嫌になるから、街に出たくないのだ。
 だってさ、なんで、11月に入った途端に、どこもかしこもクリスマスツリーやイルミネーションで飾られちゃうの?
 デパートやホテルの壁面にはクリスマスツリーのでっかいイルミネーション。街路樹はネオン球でぴかぴか点滅、スピーカーからはクリスマスソング。
 なんで? まだ2ヶ月もあるでしょう?
 季節の風物を楽しむのは結構なことだけれど、なんでここまで前倒ししなくちゃいけないの? いくらなんでも11月からクリスマスはないでしょう?  せめて、12月頭からでいいんじゃないの?
 違う、違う、クリスマスが嫌いなんじゃないの。季節を季節と考えてない、情緒の無さが耐えられないの。11月に聞くジングルベルは、楽しげにもしみじみにも聞こえない。パチンコ屋の軍艦マーチみたいにあおられてるとしか思えない。浮ついた、落ち着かないあの・・・あああ、もういらいらする。気にいらなーい!
 そういう意味では、今年は9月から気に入らなかった。
 どうして夏休みが終わって9月に入った途端、どこもかしこもハロウィンになっちゃうわけ? 夏休みが終わればハロウィン。ハロウィンが終わった翌日からはクリスマス。馬鹿みたいじゃない? ねえ、ハロウィンとクリスマスの間には、なにも無いの? 季節ってそんなにざっくりしちゃってるものなの? わからない。9月からハロウィンて浮かれたり、11月から「もうクリスマスなのねえ」なんて思いたいのは誰? いったいなぜに?
 今年で赤坂プリンスホテルのクリスマスイルミネーションが最後だと惜しむニュースを見たけど、でもだからって11月5日に点灯する意味はやっぱりわからない。「少し早めのサンタさんが」って、早く来なくていいんだってば。
 クリスマスというものがビッグビジネスだというのはわかる。でも、そんなビジネスの理屈に僕たちが付き合う必要はない。よそより少しでも多く売りたい、少しでも早く売り出したい。そんなことでどんどん競争しているうちにこうなっちゃったんだろうけど、フライングしすぎだって。11月の上旬に「ケーキは早めから予約した方がいいですよ。コンビニでも予約できますよ」って言われても、早速コンビニ行って予約する人が、実際のところどのくらいの数いるのか、僕は知りたい。
 さらに気にくわないのは、あれだけ何ヶ月も前からさんざん煽って浮かれて、だんだん食傷気味になってきたあげく、当日は「はい、ハロウィン」「はい、クリスマス」って指さし確認する程度の、あの雑さ。ああ。そういうの、きらいなんだああああああああ。
 数年前の夏のこと。その日も朝から暑い日で、ベランダにかーっと降りそそぐ光を見ているうちに、娘にビニールプールで遊ばせてやりたくなって、早速二人でおもちゃ屋に買いに行ったら、「あー、もう、しまっちゃいましたねー」って、まだ8月に入ったばっかりだっていうのに、何軒回っても無いんだよ。どうして、その季節のものがないの? 売り場が限られてるといっても、せめて隅の方に一つぐらい残して置いてくれてもいいんじゃないかと思ったよ。娘は少しずつテンションが下がるし、僕は焦るし、夏になってから夏の気分を味わいたくなった人は、「もう遅い」の?って、憤りを感じたね。
 服だってなんだってそうでしょ。夏には夏物売ってない。バーゲンすら終わってる。春には夏物、夏には秋物ってのが最近はやっぱり行き過ぎて、夏にはもう冬物売り始めてる気がする。「今年の流行」とか言っちゃって。まだその季節が来ていないのに、どうして流行なのか。このまま行くと、そのうち夏には春物売るようになるんだろうか。そのまま進んで夏に夏物売るようになってくれれば、僕には文句はないけれど。
 野菜も果物も、季節が無くなって久しい。どんなものでも一年中ある。旬の物なんて売り文句があっても、結局やっぱり前倒しで売ってるから、「季節より前のもの」になってる。
 ねえ、本当に、なんで、季節を早くに感じなきゃいけないの? 季節を早くに感じたりすると、なにか得するの?
 いったい、どうして、この国は、こんな風になっちゃったんだろう?
 とにかく、季節の前倒しはもうたくさん。
 僕はね、11月は、銀杏の葉が目にまぶしいほど真っ黄色になって空に映えているのとかを楽しみたいの。そこにジングルベルのBGMは要らないの。
 せっかく四季という素晴らしいものに恵まれた国に生まれたんだから、少しずつ変わってゆく季節の繊細さを、オンタイムで、じっくりと味わいたい。日々の変化を堪能したい。
 急いで、いいことなんか、なにもないでしょう?
 なんで、噛みしめようとしないの?
 焦った気持ちのまま、死んじゃうよ?


 そんなことを、さんざんぶつくさ言う僕に、内田さんがまた笑う。
「僕は逆に、利重さんの顔とその話で季節を感じられますねー、毎年」